木野

22歳

自己

自分の無力さというか、そんな大層なものではなくだらしなさに絶望してるんだと思う。

だらしなく、ひたすらにだらしないのに人前ではそれなりに見栄を張りたがるのだから実に愚かなのである。

桜が咲いていい感じに風が吹いて、髪が伸びてもうどうしようもなくなった。

自己PRを書いて添削を申し込むと評価は満点中半分の点数で返ってくる。自分なんて自分が1番よくわからない。

大学の春休みというのはなんなのだろう。人生においてこんなに暇な日常はないのだろうけど、まだ続いてほしい春休み。自堕落でひたすらに自己嫌悪に陥りながら暮らすけど許してほしい。何も悪くないと自分で言い続けるから許して欲しい。

だめだめです。ほんとにね。

ベージュ

断捨離をする。

服が主に捨てられた。1年前だったかに買った古着でベージュのステンカラーコート が出てくる。買ったものはいいものの、試着せずオンラインで購入したためサイズが合わず、ずっとタンスの中。

そもそもにベージュの色の服なんて着ない。パンツを買おうとしたことがあったがそれならデニムをと思い一本も持っていない。顔色が悪いのだから明るい色が合うのはわかっている。

明るい服を着るととても気分は落ちる。

捨てる前に着てみたら意外にも合うので残す。デートに来ていこうかと。どんな反応をするのだろうか。

 

 

続く

もはや久しぶりすぎてなんだろうかという感覚だ。

過去のブログを見返すと大学一年の冬から書き始めていた。 

たくさんの服を買い、たくさんの服を着ずに捨てた。その一方であの頃にワゴンセールになっていたため買った薄い水色のデニムはなぜだか今でも使っているし、あの頃した買い物で一番高額だった無印のダウンは尻のあたりの綿が抜け始めているがまぁ今でも着てる。

大学3年生は特に何もなかった。いやおそらく多くあった。

友人がいないと嘆いていた、のかはわからないが友人がいなかった一年生の頃の自分はもういなく三年生になった時には何人かの友人が私にはできていた。この状況下でも何回か飲み会はしたし酔い潰れて誰かの家に泊まるなど、大学生というものをしたのだと思う。

と同時にいろんなものを失ったし、というようなナルシストな文章をまだ淡々と書ける程に実に成長していないのだから泣ける。

恋人ができる。

ひとつ前に恋をした書いたブログがあったがその相手である。

思う相手ができることで自分を思う時間が減る。いいことが大きければその分ついてくるよくないこと、というと違うのかもしれないが変わりたくなかった箇所も自然と変化してくる。

思考が薄い。

イヤーカフを買おうと思う。リングでもいい。何かを身体につけたい。ピアスはあける勇気がない。

学びも成長もなくただ高額な学費だけが支払われる学生生活があと一年で終わる。

高額な学費。中学から私立に通っていた。中高大、計10年間。なんとも壮大な物語のように見えるが中一の頃から抱えた悩みはいまだに解決しない。

カムカムエヴリバディ。ジョーはなぜ働かない、回転焼き売るだけでよく生きてこれたなと実に最悪な笑いを母とする。そういう朝はもう一年で終わる。

それでも人生は続く。ジョーのこれ。

抱えているものを見せず生きていける人はいる。見えないからといってないとは言ってない、馬鹿にするのは実に愚か。

ミスドポンデリングプレーンを選ぶ自分は実に通であると一瞬でも頭をよぎったお前がいたな。

はじまって、またはじまってではじまって

坂の多い街に住む。坂の上には綺麗な歯医者とケーキ屋がある。

公園も多い街。公園があればベンチも多い。いろんなとこに座れる。

今年に入って久しぶりに恋というものをする。好きな人は自分と全くタイプの違う人、趣味も、好きなものも、好きな食べ物も、嫌いな食べ物も、もしかしたら価値観も、全てなにもかも違う人である。なのにその人がとても好きになる。とても面倒くさい。ほんとに。その人からの連絡にしか意識が向かなくなり、まともに音楽も映画もドラマも楽しめなくなる。ラブソングをよく聞くようになる。好きな人を思って震えることが私にもできるでしょうか、というような台詞が問題のあるレストランにあったことを思い出す。震えはしないが確かに何かある。星野源の不思議は好きな人との会話続いている時しか聴けなくなる。好かれるために努力をしなければならなくなる。大豆田で描かれたのは好きな人のために自分を変えるのも、変えないのも、自分で選択したならばどちらの選択も素敵であるということ。しかしわたしはまだどちらも選べていない。二つの選択肢が白と黒ならグレーである。グレーでいいと思う。グレーがいい。恋はめんどくさい。溢れるものであると思う。溢れていつか懐かしいになって欲しい。

家族でクラフトビールを飲む。少しづつビールの味がわかるようになる。

何も成長せず何も変わらず。それでもでいく。

全くもって進まない。

プロットとが書き終わらないというよりも、書き始めてもない。始めても始まらない。

 

海街diary 5巻 「群青」

移りゆく感情のその不安定さに嫌気がさしたとしても、それを無きものとすることは不可、安定はなく、ただ揺れて、揺れて。それでも、どんな時でも晴れれば空は青く、青い、それだけは神様に感謝したい。名作。

 

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大学の図書室、開いてください。

籠らせてください。

 

大学引く図書室いこーる。

ミケーレの展覧会も行けそうにない。

ねた

常に考えて、考える。

あーしょうもないなぁと、檸檬堂サワーだけだなぁと、それしかないなぁと。

誰かと話したい時に話せる人がいない人はただ舌をクネクネさせて終わるし、それだけ。

あぁ負けたんだぁ、負けたんだぁって思い続けて、許さなくて、正論は正論だから悪で、正論で人殺しで、思い出すのは麻薬の使用で社会から許されなくなった沢尻エリカとかで、どんな環境であろうと使用した本人が悪いって言える社会で、環境の否定は甘えで、生み出すことは否定で、どうしてるかなぁって思って、うまいもん食いたいなぁって、幼稚園のほうじ茶の味思い出して、デパートのお子様ランチにキリンのおもちゃがついてきたなぁって思い出して、結婚も離婚も幸せへの道で、勉強は優しくなるためのもので、でもそんなの社会で資本で正論で蹴散らします。どうだって良くて。回転寿司の3周目にものってるネタで、ただただ記憶に浸って生きていたいなぁって、ああ、ああって、もう、なんなのかなぁってああどんどんこお、あと何年かなんてわかんないなぁってええ。